2011-10-31(Mon)

伊賀&信楽・窯元巡り(伊賀焼長谷園その1)

10月29日(土)昼過ぎに家を出て信楽方面に向かう。
途中立ち寄った伊賀焼の郷、丸柱にある長谷園では、
伊賀焼展示室のほか登り窯や、大正館という古い館もあり
たっぷり1時間余りも楽しんでしまい、
信楽焼の窯元巡りの道を歩き始めたのは夕方3時に。
急ぎ足で巡るハメに、、、

↓1.長谷園(ながたにえん)の案内図

↓2.第一展示室入口の風鈴。(ここでは日常的な陶器が展示販売されていました)

↓3.第二展示室入口(こちらは芸術的な陶器類。2階は長谷園の歴史と陶器の展示)

↓4.奥の東屋に抜ける道(右塀は「なが谷 母や」、左塀は工房)

↓5.「なが谷 母や」(茅葺きの立派な屋敷で料理がいただけるようです。予約制)

↓6.軒下の光景

↓7.軒下の光景

↓8.窯と作業場。この中を通らせてもらえます。ここを抜けると、

↓9.ジャーン。16連の登り窯(国の登録有形文化財)

↓10.登り窯の脇を登ると展望台です。長谷園の屋根群が美しかったです。

↓11.大正館(この建物も国の登録有形文化財です)

この大正館は休憩所として開放されていて、セルフで美味しい珈琲がいただけます。
その画像は次回に。
2011-10-29(Sat)

夕暮れの空模様

雨が降り出した弘仁寺をあとにして円照寺を目指します。
車を止めて山道を傘をさして歩いて行きましたが、
夜のように暗く、写真はブレブレでオールボツでした。
林から出て来ると、印象的な赤が目に入りました。

↓赤い鳥居が、輝いているように見えました。(竜王池)

↓厚い灰色の雲でしたが、西の方から光りが射してきました。

↓車に乗り白毫寺を目指す途中で、西の空が色付き始めました。

↓大和盆地越しに生駒山を見ています。雨上がりの神秘的な雲でした。

↓溜池に映して

↓溜池では、カモが仲良さそうに波紋を広げていました。

↓さらに、白毫寺上のポイントまできました。この世の物とは思えない雲だと感じました。

↓生駒山のテレビ塔も宇宙基地のような雰囲気でした。

↓雨上がりの空。ドラマチックな雲の表情を見せ、暮れてゆきます。
2011-10-28(Fri)

弘仁寺のブドウガキ

10月23日のこと
ギャラリー夢雲さんでの長居のあと、
針インターから名阪国道にのり、五ヶ谷インターをおりる。

↓1.インターを下りてすぐの興隆寺町の八阪神社

さらに山道を下って行くと間もなく虚空蔵町
先日10月9日にカメラが壊れた弘仁寺を再び訪れるも
天気が怪しくなってどんよりと薄暗い。
↓2.早くも紅葉しかけていますね。

↓3.杉林の石段は相当薄暗いのでした。

↓4.ここが紅葉するときれいでしょうね。

↓5.先日ノーファインダーで撮った写真とさほど変わらないどころか、かえって覗かない方がいいかも

先日、当寺のパンフに書いてある「ブドウガキ」が気になったのですが、
カメラの事で気力が失せ、境内のどこかに有るだろう「ブドウガキ」を探す余裕は無かったのですが。
↓6.今回はしっかり写真に撮りました。

↓7.私はこんな小さな柿を初めて見ました。ヨメさんは早速落ちてる柿を味見しています。

実を触ると、巨峰の実のようにぷよぷよしてて大きさも巨峰の一粒と同じくらいです。
味は、まさしく「柿」でした。甘くて干し柿っぽい味でした。
↓8.情報無しでこの実を見つけても柿だとは気付かないかも。よく見ると柿の姿そのものですけどね。

↓9.本堂に掲げてあった額絵。イイ眼力しトラ〜

↓10.山門より本堂を望む。頭上の椛が紅葉するときれいでしょうね。

↓11.どこも柿の木は豊作です。今年の大和は柿の生り年かもしれませんね。
2011-10-27(Thu)

ギャラリー夢雲さん

築300年の古民家をリフォームして
ギャラリーを運営されている夢雲さん。<アクセス

古民家の良さを生かす心遣いが随所に見られます。
使い古された木肌や石などに包まれていると、
なんでしょうね?心がほっとしてきます。

↓1.玄関。敷石にも注目しながら入って行きます。左がカフェ右が展示室など

↓2.カリーを頂いたカフェ。壁から天井から机から調度品から何もかもワンダフルです。

↓3.昔の台所でしょうね竃があります。年季の入ったデカイ薪ストーブもあります。

↓4.このベンチもタダモノではないです。
 
↓5.ハシゴの脇に機関車のような薪ストーブが見えますね。

↓6.ちょっとした空間も「おしゃれ!」。鏡ひとつでも「こんなん見たこと無い」と口走ってます。

↓7.見上げれば外光をうまく取り入れ、ランプの光とともに演出されてます。

↓8.こちらは客間ですね。床の間のある和室に向かう板張り廊下。

↓9.野趣味たっぷりのテラス。まるで絵画のような背景に。展示物が並んでいます。

↓10.テラスに出てみました。隠れ家気分で四季を楽しめそうな素晴らしい場所です。

↓11.2階は屋根裏部屋ですが天窓が開けられ明るいです。

↓12.2階に上がる階段。私のばばっちい靴は置いといて、敷石が素晴らしいでしょう。

敷石はただの石ではありません。
備前焼(確かそうおっしゃったと思いますが)の窯に使われていた煉瓦が敷き詰められています。
相当丈夫そうで、尚かつおしゃれに古民家にフィットしてました。
以上です。
とても素敵な所なので、これからも機会あるたびにお邪魔させていただきたいと思いました。
2011-10-27(Thu)

木漏れ日のお庭

ギャラリー夢雲さんは古民家の中身がすばらしいのですが、
外もまた気持ちいい空間となっています。

↓1.玄関前のお庭。コナラ?の木陰が爽やかです。

↓2.夢雲さんに来られるときは、まずこの白壁を見つけましょう。右に回り込めば玄関です。

↓3.お庭の中央には大勢座れるロングテーブルがあります。広すぎて白クマさんがくつろいでいます。

↓4.お庭には他にもこんな椅子や、(室生や曽爾の山が遥かに見えるいい景色)

↓5.こんなテーブルや。お庭で珈琲もいいでしょうね〜

↓6.見上げれば青空と煙突(薪ストーブの煙突だと思います。ゴッツイ薪ストーブが置いてありました)

↓7.縁側にチョイと腰を降ろして、お茶もいいでしょうね〜

↓8.こちらのアイドルのワンちゃんもとてもいい子でした。
2011-10-26(Wed)

ギャラリー夢雲_斉藤洋さんの風布(kazafu)展

オーガニックカリーを頂いたのは
奈良県宇陀市室生区向渕にある「ギャラリー夢雲」さんでした。
(※注意:食事はいつでもやってる訳ではありません。事前チェック必須です)

いつものようにおにぎりを持ってふらっと出かけたのですが、
通り道で「夢雲」の看板を見て、急に寄ってみる事に、、、
(すばらしいギャラリーとかねてより噂を聞いていたので)
ちょうど斉藤洋さんの風布(kazafu)展が開催中でした。
ギャラリーには前日染められた特大の布が2枚飾られていました。

↓1.「夢雲」と書いてムーンと読みます。

↓2.軒先に干された(展示された)モスリン布。秋色に染まり始めた風景と一体化していますね。

↓3.L字型の軒に沿って18mの長さです。山里なのに次々と人が来られてます。

↓4.玄関まで延びています。木漏れ日が気持ちいいです。

↓5.前日の土曜日にワークショップがあって、大勢で染めたそうです。

↓6.屋内にも。2階から

↓7.壁を抜けて

↓8.1階まで延びています。

ギャリー夢雲さんは、とても素敵なギャラリーです。
少々不便な所ですが、それだけ自然豊かで素晴らしい景観があります。
そして古民家のギャラリーに一歩入れば、
はるばるやって来てよかったと思う事でしょう。
行かれるときは必ずHP:http://www.39moon.com/blog/をチェックした方がいいと思います。
2011-10-25(Tue)

安らぎのひととき

やはり宇陀市内の、
とあるところ
(市内といっても町を想像してはいけません)
風通しのいい山村の古民家。
そこで頂いたお昼ごはん。
安らぎのひととき。

↓1.南向きの縁側の席。

↓2.大き開かれた縁側。気持ちいい空気。

↓3.まず、サラダ。

↓4.カレーいや、カリー。

↓5.食後の珈琲

↓6.ターバンを巻いた笑顔がすてきなコックさんでした。

↓7.天井

↓8.ランプや椅子や調度品の何もかもが素敵でした(画像が見苦しくて恐縮です)

↓9.カメラ持ってウロウロし始めるヤツ。

↓10.ゆったりとした時間が流れていました。
2011-10-24(Mon)

宇陀寸景(廃校になった小学校)

↓1.町の高台にある小学校でした。

↓2.趣味人さんの母校です。

↓3.木枠の窓。板張りの広い廊下。まだまだ使えそうです。

↓4.この渡り廊下で、三棟の木造校舎がつながっています。

↓5.廊下に置かれたテレビや岩石や

↓6.蛇口をひねる子どもたちの姿が見えるようです

↓7.あっ、誰もいないはずの廃校舎に子供の影が、、まぼろしか?

↓8.「心を耕し知識の種をまけ。やさしさと強さを肥料に人間という花をさかそう」

↓9.せっかくの木造校舎がボケてしまいました。
2011-10-24(Mon)

宇陀寸景(神社)

↓1.十二神社

↓2.灯明されていました。

↓3.こちらにも

↓4.十二神社の正面

↓5.戦争時のものでしょうか?砲弾ですよね。

↓6.「おまえ見ない顔だなぁ〜」

↓三宝荒神社

↓手水鉢の龍

↓庚申

↓お地蔵さんの祠をうしろから

↓おまけ
2011-10-23(Sun)

宇陀寸景(花や昆虫など)

↓1.ホトトギス

↓2.野菊

↓3.ベニシジミ

↓4.バッタ

↓5.ベニシジミ

↓6.コスモス

↓7.ミドリヒョウモンかな?

↓8.トリカブト

↓9.キアゲハ

↓10.ふふふ。ビバーク中かな?
2011-10-23(Sun)

宇陀寸景(風景)

菟田野秋祭りには朝早めに家を出て、
奈良県宇陀市を散策しました。
「風景」
「花や昆虫など」
「神社」
「廃校になった小学校」
と、4回に分けてアップします。

風景です。散策順に並べます。
↓1.
↓2.
↓3.
↓4.
↓5.
↓6.
↓7.
↓8.
↓9.
2011-10-22(Sat)

宇太水分神社 菟田野秋祭りその3

今日のラッキーをひとつ。
10月9日に壊れたカメラの修理ですが、
「これ出したら諭吉さんふたりは飛んでいかはるやろな〜」なんて思うと、
持って行く勇気が出るまで2週間もかかり今日やっとキャノンサービスセンターに持って行きました。
n:「これ、ミラーが落ちたんですけど、治りますか?」
c:「あっ、これですね。ご迷惑おかけしまして申し訳ございません」
n:「え。いやいやそんな謝ってもらわなくても、、、、」
c:「申し訳ございません。これリコール対象の製品なので無償修理させていただきます」
n:「た、ただですか!そしたらついでにCCD掃除お願いできますか?」
c:「ハイわかりました(笑顔)」
n: v(^▽^)v
こんなことやったら、さっさと出したらよかったなぁ。

↓1.祭りの続きです。お姫様の乗った神輿のご出立です。

↓2.神輿渡御行列の槍振り。まるで大名行列のような(って見たこと無いけど)雰囲気です。

↓3.お姫様のあとは各太鼓台が帰る番ですが、これからがこの祭り最大の見せ場です。

↓4.境内に2台3台と太鼓台が練り回されます。凄い音と迫力です。

↓5.勢いよく走って太鼓台を回転させたりするものだから、、

↓6.「危ない!」こんなことも起こりました。でも大丈夫でした。

↓7.太鼓台に乗ってる太鼓打ちは子供達です。

↓8.流し撮りは難しい。ボツ写真の山からどうにか見れるヤツを

↓9.渋い男の背中

↓10.迫力の太鼓台。楽しませていただきました。菟田野の皆さんありがとうございました。
2011-10-21(Fri)

宇太水分神社 菟田野秋祭りその2

↓1.水分神社を目指して相当重そうな太鼓台が担がれて練り歩きます

水分神社から5kmほど上流にも水分神社があり、そこにはお姫様がおられ、
年に一度、夫君のいるこちらの水分神社に来られる行事がこの祭りだそうです。
↓2.お姫様を乗せた神輿渡御行列(中継地点で休憩中です)

↓3.お姫様と見間違うくらいの方々もおられました。

↓4.太鼓や掛け声の音が伝えられないのが残念ですが、腹に響くほどの音が鳴っています。

↓5.国道を渡る交差点「地蔵の辻」では信号を止めて太鼓台を回したり掲げたり魅せてくれます。

↓6.子ども達も役割があります。

↓7.いよいよ水分神社境内に入ってきました。いっそう激しい太鼓と掛け声です。

↓8.水分神社本殿(国宝)

↓9.各所の太鼓台。お姫様を乗せた神輿が到着しお昼休みとなります。

ここはブログ仲間の趣味人さんの地元です。案内をしていただきました。
とても迫力のある祭りです。
2トンの見るからに重そうな太鼓台を大人百人ほどで担ぎます。
その太鼓台が境内を2台3台と練り歩く場面は圧巻です。
感激してしまいました。来年もぜひ来たいと思いました。
趣味人さん来年もよろしくお願いします。

まだ続きます。
2011-10-19(Wed)

山の辺の道(南)_おまけ <出会ったものいろいろ>

↓1.イチジク。この果物の語ると長いのでやめますが、ナンバーワンです。

↓2.柿

↓3.なすび

↓4.蜜柑

↓5.綿花

↓6.見張

↓7.下仁田葱

↓8.柘榴

↓9.この形の柿を少年達は○○○柿と呼びます。

↓10.彼岸花

↓11.出荷不採用。肥やし採用。

↓12.土塀

↓13.石仏
2011-10-19(Wed)

山の辺の道(南)_その4 <玄賓庵から桜井駅>

←まっぷ(クリックで迷惑なほどでっかくなります。σ(^_^;))


↓1.玄賓庵すぎ狭井神社の池の前を西に入った所にある大美和の杜という展望台からの眺め

↓2.落陽までここで待つか悩んだけど「今日はダメだろう」と下山しました。それが間違いでした。

↓3.ふと足下を見ると、頑張ってる方がいました。もうちょっとで踏んでしまう所でした。

↓4.これは産卵中ですよね。こんな地面に産卵するとは。たくましきショウリョウバッタメス!

↓5.大神神社(おおみわじんじゃ)の二の鳥居まで来ました。

↓6.参道を撮っているとき「トーチャン大変!真っ赤っ赤っか!」とカーちゃんが後で叫ぶ。

↓7.灰色の雲に吸い込まれてゆくと思った夕日が最後に真っ赤に燃えてました。

↓8.少しでも高い所からと坂道を駆け上がりながらシャッター押しながら、

↓9.しかし無情にもいいポイントにはたどり着けず陽は沈んでゆきました。

↓10.陽が落ちたあと、平等寺に向かいました。お目当てはこの子たち。

↓11.平等寺の暗い階段で。このあと喜多美術館前を通り桜井駅まで歩き行程終了です。

大美和の杜の展望台で、あと10分待っていたら、
真っ赤な夕日と二上山の風景が撮れたのになぁと思うのでした。
2011-10-18(Tue)

山の辺の道(南)_その3 <崇神天皇陵から玄賓庵>

←まっぷ(クリックで迷惑なほどでっかくなります。σ(^_^;))


↓1.山の辺の道南コースはあちこちから二上山を望むことができます。

↓2.景行天皇陵から望む、耳成山と畝傍山(大和三山)

↓3.大神神社のご神体である三輪山。

↓4.懐かしい稲のハサ掛けと三輪山。

↓5.ちょっと変わった屋根。蔵かな?蚕小屋かな?なんて考えながら

↓6.山の辺の道のあちこちには万葉歌碑が立っています。
万葉集の短歌と有名人の書の組み合せで、誰もが楽しめるものとなっています。
拓本をとる人が多いそうで、中でも一番人気はこの碑だそうです(←地元のオッチャン曰く)
棟方志功の書ということで棟方ファンの私も感動してしまいました。

↓7.夕暮れ迫る、こんな道をゆくと、

↓8.有名夕日ポイントの檜原神社に着きます。動かない三脚と遠くに二上山が見えます。

↓9.檜原神社のベンチで休憩。誘惑の柿1袋と蜜柑2袋。酸っぱさが美味くて2袋目も買いました。

↓10.玄賓庵を通る頃は、だいぶ日も傾いてきました。

2011-10-18(Tue)

山の辺の道(南)_その2 <夜都伎神社から崇神天皇陵>

←まっぷ(クリックで迷惑なほどでっかくなります。σ(^_^;))



↓1.夜都伎神社の杜(我家の場合ここにくるとお腹がすくという症状が現れます)今回もランチタイム。

↓2.はしたない格好で失礼しました(この縁側は居心地が良すぎるもので)、、おにぎりの昼食です。

↓3.夜都伎神社を出て、のどかな田園地帯を歩きます。

↓4.西側の風景。大和盆地(くんなか)を見渡せます。

↓5.沿道には柿畑や蜜柑畑や石仏や、、自転車で山の辺の道を楽しむ人もいます。

↓6.所々にはこんな「あま〜い」誘惑が待ち構えています。

↓7.え!ほんま!っていうほどほんまに甘かったです。

↓8.コスモスの花も見頃です。

↓9.稲刈りもあちこちでされてました。

↓10.櫛山古墳付近の石仏。

↓11.崇神天皇陵付近からのくんなかの眺め。二上山が薄く見えています。
2011-10-17(Mon)

山の辺の道(南)_その1 <天理駅から夜都伎神社>

←まっぷ(クリックで迷惑なほどでっかくなります。σ(^_^;))



10月10日(祝)山の辺の道・南コース
天理駅から桜井駅まで歩きました。
本来はまず石上神宮まで歩いてそこから山の辺の道が始まります。
しかし今回は少しコースを変更して、
まず上ツ道を少し辿ってから夜都伎神社に向かい山の辺の道と合流します。
山の辺の道も上ツ道も古道ですが、
上ツ道は古代から現代に至るまで生活道路として生き続けている道と言っていいと思います。
奈良から桜井まで集落をつなぎ南北にほぼ一直線に通っています。

↓1.近代化された駅前通りから上ツ道に入ったとたんに懐かしい時代に入った感じです。
 肉屋さんでコロッケ(一個60円)を買って、食べながら歩いています。

↓2.小さな橋を渡っています。

↓3.この辺りは丹波市(たんばいち)とよびます。
天理市となる以前は山辺郡丹波市町だったのです。古代の「市(いち)」が開かれた所だと思います。

↓4.恵美須神社(上ツ道沿いは、神社やお寺は次々現れます)

↓5.淨國寺

↓6.水路沿いとなりました。

↓7.巻貝と魚(カワムツ)が泳いでいます。昔よりキレイになった感じです。

↓8.沿道の野仏を集めて、屋根を作って大切にされているんですね。

↓9.上ツ道を離れ山の辺の道に向かいます。途中国道169号を横断します。

↓10.国道沿いだけは賑やかですが一歩東に入ると田んぼが広がっています。

↓11.大和青垣山麓にある夜都伎神社を目指します。
2011-10-16(Sun)

山の辺の道(北)_その10 <山の辺小学校から天理駅>

←まっぷ(クリックで滅茶苦茶でっかくなりますσ(^_^;))

北コースの最後の記事です。

↓1.山の辺小学校正門。40年も経って何も変わらぬ風景

↓2.毎日通った、歩道橋。道路は県道から国道169号に格上げされた

↓3.国道を渡るとふるさと天理市田部町。奥の杜は田部の宮さん「祝田神社」(はうりたじんじゃ)

↓4.なんとちょうど祭りですね。だれもいません。神輿はシートがかぶせられていました。

↓5.土俵がありますね。ここで相撲に負けた私は、そのまんま

↓6.この道を泣きながら家まで走って帰りました。自分の後姿が見えそう

↓7.この木も40年くらいでは何一つ変わってないように見えます。ラジオ体操もここでした。

↓8.大木が少し減ったみたい。もっと鬱蒼としていたです。ありがとう祝田神社。

↓9.神社を出て少し西に行くとこの道。昔は線路でした。
ちょうどこの田部で線路を曲げることで天理駅は広大な駅になったのです。

↓10.現在のJR桜井線(まほろば線)

↓11.天理駅(JR・近鉄の総合駅)。人が少ないのに広大です。
天理教の大祭のときは世界中から人が来て、そのときだけ人で埋まります。

これで近鉄奈良駅から歩き出した山の辺の道北コースは終了です。
こりもせず、次の日は今度はヨメさんと二人でこの天理駅から、
山の辺の道南コースを桜井駅目指して歩きます。
みなさん飽きたと思いますが、自分の歩行記録の為に続けて参ります。
2011-10-16(Sun)

山の辺の道(北)_その9 <石上神宮から山の辺小学校>

←まっぷ(クリックで滅茶苦茶でっかくなりますσ(^_^;))


↓1.石上神宮から天理教本部は徒歩10分ほど。これは大食堂の建物。
鏡開きのお節会を毎年ここで頂くのが楽しみでした。

↓2.とても広い天理教本部さん。(天理市民は「本部さん」と呼びます)

↓3.本部さん正面。正面で靴を脱ぎ、長い長い回廊を一周出来ます。
幅広いピカピカの廊下。ピカピカのトイレ。何百畳の大広間。よく遊びました。
しかし大人になった今は入れないですね。信者じゃないのに知らんぷりして入れないです。

↓4.振返れば黒門

↓5.本部さんと天理駅は長ーいアーケード商店街でつながっています。

この商店街を突っ切れば天理駅で今日のゴールですが、
まだ3時過ぎだし、足もまだ余力があるし、商店街中ほどで少し引き返して、
私の母校天理市立山の辺小学校(やまのべしょうがっこう)に行ってみることにしました。

↓6.何だか道が変わってしまってましたが「憩いの家」は昔のままです。病院です。

↓7.提灯屋さんも健在で感動です。村の秋祭りは子供布団神輿を担ぐのですが、
6年生になると提灯の注文なども子ども達でするのです。ここにも走りました。

↓8.山の辺小学校に到着しました。
あきれかえるほど40年前のまんまなので逆に大丈夫なのかと心配になるほどです。
変わったと言えば校舎に耐震設備の筋交いのようなものがくっ付いたくらいです。

遊具の位置も種類も花壇も植栽もそのまんま、隅のナツメの木もそのままじゃないかな?
当時天理市の最新鋭と言われた体育館もそのまま、

↓9.ここは変わりましたね。昔は交通公園になっていて信号機や踏切やバスが置かれていて
土曜日の集団下校の時はこの公園で交通ルールを勉強して帰るようになっていました。
バス通学のはバスの乗り降りの勉強をしながら。見えてる電柱に本物の信号機が付いていました。

↓10.右端に飼育小屋が見えます。当時はこれの2倍くらい上にも横にも大きかったです。
さらに後方にはチャボの鶏小屋がありました。
私は4年生5年生は飼育係。6年生は飼育委員でした。飼育一筋の小学生生活でした。(笑)
生き物好きの私にとって飼育小屋は自分の家のようでいつもそこにいた感じです。
飼育係はウサギの面倒しか見れないですが、飼育委員はすべての生き物の管理をします。
当時はチャボ10羽以上とアヒル、セキセイインコ、文鳥、ウサギなどです。

↓この像には驚きました。だって私たちの時のものですから。40年の風雪に耐えてかなり痛んでましたけど。

↓後の名盤もちゃんと昭和45年と書いてあります。カメラ壊れててピントが合わないですが。

小学校周辺の風景は色々と変わっていましたが、小学校自体はそのまんまです。
当時は祝徳、三島、豊井、原興の4小学校を合併して山の辺小学校という新築の小学校でした。
6年生が第1期生なので、1年生の私は第6期生です。
しかし、工事は遺跡発掘のおかげで遅れて2年生までは山の辺小学校祝徳校舎に通い、
3年生からピカピカの校舎に移りました。3年生の担任は築山先生でした。やさしかったなぁー
今も元気にされてるかなぁー。あーーーなつかしいです。
2011-10-15(Sat)

山の辺の道(北)_その8 <豊井から石上神宮>

←まっぷ(クリックで滅茶苦茶でっかくなりますσ(^_^;))


↓1.町に出たと思ったら再び山へ。豊井交差点からの登り坂が今回一番きつかった。

↓2.山の縁を歩き豊日神社へ。前方の森が豊日神社。

↓3.天神社とも書いてあり、菅原道真を祀る天神さんのようです。狛犬でなく牛ですし。

↓4.布留の高橋(万葉集に出て来るらしい)布留川を渡ります。

↓5.そろそろ石上神宮(いそのかみじんぐう)の森です。

↓6.裏手から石上神宮に入るのは初めてです。

↓7.楼門(重文)奥の森の中に禁足地があります。あるはずです。
今は禁足地に大正時代に立てられた本殿があるそうですが、よく見えないです。

↓8.手拭が面白いのでまたパチリ

↓9.鏡池。幼い時に馬魚伝説を聞かされたので、未だにこの池を見るとビビります。

↓10.参道

山の辺の道としてはこれで終わりで、あとは天理駅まで歩くだけですが、
私の出身小学校も久しぶりに見てみたくなり寄り道しながら天理駅へ向かいます。
2011-10-15(Sat)

山の辺の道(北)_その7 <弘仁寺から豊井>

←まっぷ(クリックで滅茶苦茶でっかくなりますσ(^_^;))


ファインダー不能のカメラはピント確認が出来ないので、広角写真ばかりです。

↓1.弘仁寺の西階段を下りて行きます。

↓2.天理教の広大な白川グランドを回り込むように歩きます。(昔は山やったのに)

↓3.白川ダム。私の小さい頃はここに広大な白川池があり、よく遊んだものです。
それを1995年に白川池をつぶし白川ダムを完成させたそうな。野池がコンクリート池に変わっただけみたいです。

↓4.名阪国道(R25)をくぐり抜けます。このあたりの池でよく釣りしたのです。

↓5.平尾山を登り始めると大きな貯水タンク。山の辺の道はこの間を行くのですが、私は、

↓6.私の祖先にとっても私にとっても大切な思い出の場所に寄り道します。

↓7.森の中に突如現れる赤い鳥居。平尾山のお稲荷さんです。

↓8.年に一度の初午の日には、この山中に出店が並び子どもたちの歓声に包まれます。
我が一族のそれぞれがこの山には思い出があります。母はこの山のぶどう畑で働いてました。
中学の部活で私は鳥居に一列に並んで腕立て伏せや腹筋など、シゴかれた地でもあります。

↓9.この坂を下りて行くと私の産まれた所です。この坂、当時は石がごろごろしていて、
そこをバカ兄は自転車の後に妹を乗せて下りて行ったと。村で噂が、、田舎は何でも噂になります。
ここで踵をかえします。

↓10.貯水タンクまで戻って山の辺の道を歩きます。昔、父とうさぎ狩りに来たあたりだと思いながら。

↓11.豊田山を下りて来ると天理の町が見えてきました。折しも午後2時。
毎日天理の町は午後2時になるとサイレンが1分間鳴り続けます。
街歩く人も農作業の人も動きを止めて本部さんの方を向き黙祷します。
基本的に天理教の信者さんだけですけど。神聖な1分間。とてもなつかしい。

↓12.北大路東詰めの豊井交差点。この脇の広場でよく草野球したなぁ

天理駅がゴールならこの北大路をまっすぐ下ればいいのですが、
山の辺の道のゴールは石上神宮(いそのかみじんぐう)ですから、
もうひと頑張り山に向かいます。
2011-10-14(Fri)

山の辺の道(北)_その6 <時計台から弘仁寺>

←まっぷ(クリックで滅茶苦茶でっかくなりますσ(^_^;))


↓1.高樋町の集落を歩きます。右手(西側)に大和盆地の広がりと遠くには生駒山系を見ながら

↓2.ここも祭りの日です。ちょうどお昼休みで神輿だけポツンと置かれていました。

↓3.柿の木と民家。山の辺の道らしい光景です。

↓4.コスモスの美しい季節になりましたね。奥右手に弘仁寺の森が見えてきました。

↓5.歩いて来た道を振返ります。

↓6.弘仁寺の入口です。

↓7.森の中の石段を登り、山門が見えてきました。

↓8.弘仁寺の山門です。200円を木箱に入れます。 こ、このときなんです!!

↑このシャッターを押したとき、、カチャっと変な音がして、「やっちゃたー」ってすぐに感じました。
とりあえず、心落ち着け心落ち着けと呼吸を整えて境内を進みます。
本堂を正面にみる広い縁側に腰掛けて、ひと呼吸おいてレンズを外し、中をのぞきます。
覗いた瞬間、判りました。ミラー部分が落っこちてます。「あかん!」
「アカンけど、あかんではあかん!まだ道のりは半分残ってるし」。。。。。あかん、あかん。
ちょうどお昼なのでとりあえずごはん。コンビニおにぎりを頬張る。
はずれたミラーは付きそうにないので割れないようにティッシュに包みバッグに入れる。
レンズをはめてファインダーを覗いてみる。。。。。。。。。。。。。「あかん!」真っ暗や!
シャッター押してみる。。。。。。。。。。。。。。。。「写った!けどアカン!」真っ白や!
露出優先設定で撮っていると真っ白に写るので、
マニュアル設定にして撮ってみる。。。。。。。。。。。。。。。。。「アカン!」真っ黒や!
シャッタースピードを変えてみると。。。。。。。。。。。。。。。。。写った!なんとかなる。
ということで
以後の写真はノーファインダーのテキトー写真のオンパレとなります。

↓9.縁側に置いて写すと何とか写った。

↓10.観光客の少ない弘仁寺ですが本堂は立派な二重屋根?

↓11.小学校の遠足で走り回った思い出がよみがえる境内。母校から歩いて来れる所です。

↓12.本堂横から。

カメラが壊れた(どうにか写りますが)ことで気合いが抜けて行きます。
これから故郷の天理市内に入っていくのに、、、
と、しょげてても仕方が無いので開き直って行くしか無いです。
2011-10-14(Fri)

山の辺の道(北)_その5 <円照寺から時計台>

↓1.円照寺(山村御殿)は拝観は不可なので入らずに右の石段を進みます。

↓2.石段の脇には手水鉢。とても清潔で山村御殿の精神を感じます。

↓3.道の左側の柵は厳重でしょう。山村御殿の柵です。
↓4.山を下ると前方が明るくなり池が見えてきました。

↓5.鳥居をくぐって振返ると

↓6.黄金色の稲田が広がります。今日明日にも稲刈りですね。

↓7.のどかな農村風景。山の辺の道らしい風景です。

↓8.ここから車道を歩きます。といっても交通量はごくわずか。

↓9.分かれ道。正面の看板は「←正暦寺 弘仁寺→」となっています。

↓10.「正暦寺(しょうりゃくじ)」方向に進みます。

↓11.また分かれ道です「←正暦寺 弘仁寺→」こんどは右の弘仁寺方向に進みます。

↑角に立つ白いものに注目してください。
↓12.時計台なんです。

札幌の時計台とは雲泥の差ですが。歴史はどうでしょう?
私の小学生の時にはありました。
あの頃はもっとおしゃれで大きく感じたのに、、、ナーンか小さくなっちゃって(笑)
もっともっと古くからあると思いますがどれほど古いものかは私は知りません。
昔から正暦寺に行くときの重要でハイカラな目印だったんですよ。
今ではでっかい表示と地図が背後にそそり立って情緒も何も無いですが。
2011-10-13(Thu)

山の辺の道(北)_その4<藤原町から円照寺>

↓1.藤原町から、くんなかを望む

↓2.進路は南へ。遥かくんなかまで見渡せ気持ちよろし。

↓3.白山比咩神社(ちょうど祭りで手水鉢の屋根も新調されたよう。さらっぴんでした)

↓4.嶋田神社。漆塗り?の担ぎ棒の豪華な神輿でした。

↓5.嶋田神社から望む崇道天皇陵(画面真ん中の杜)

↓6.白壁と柿の木

↓7.崇道天皇陵

↓8.天皇陵前の池

↓9.円照寺への道

↓10.円照寺への道。森の中の石仏群

↓11.円照寺参道に合流

↓12.円照寺(別名、山村御殿。非公開寺院)

「やまむらごてん」と言う名は小さい頃によく聞いた。
お姫様のお寺やから、男はゼッタイあかんし、
貧乏人のガキが近くをウロウロしていたら怒られるぞ。と。
頭に叩き込まれていたものだから、
なかなか近寄れない所でした。今回が最接近です。
入ったらアカンと言われると余計に中のことが気になるというものですが
まともに前を見ることもできずドキドキする胸を押さえながら、
人を拒絶するかの黒門のすぐ脇を右に折れて山の辺の道をゆくのでした。
2011-10-13(Thu)

山の辺の道(北)_その3<白毫寺過ぎから藤原町>

↓1.稲刈りの季節であり、祭りの季節でもあります。遠くから祭り囃子が聞こえています。

↓2.振返ると高円山(奈良大文字)。さっきまでこの山裾の森を歩いていたのです。

↓3.再び雑木林を歩き、川を渡ります。

↓4.急に明るくなりました。(逆コースだと、えっ!こんな所降りてゆくの!となるかも)

↓5.ほどなく八阪神社。ちょうど秋祭りで神輿の声だけが聞こえています。境内は誰もいない。

↓6.昔なつかしいような鹿野園町の集落です。

↓7.池の堤を歩きます。(大和盆地は雨が少ないので溜池はかなり多いです)

↓8.柿の木越しに。山の辺の道は柿の木だらけ(笑)ちょうど食べごろが鈴なりです。

↓9.竹やぶの中を通ります。

↓10.雑木林と変わりました。

このあとアスファルトの道を少し歩き自衛隊宿舎を通り抜けて
↓11.稲刈り時期の田んぼが広がる場所に出ました。藤原町

まだ先は長いです。マップを見ていただければわかりますが、赤丸の3番まで来ました。
まだまだあるし、翌日はさらに南コースも歩いているし。

山の辺の道を歩くとき、南下するか北上するか迷います。
もちろんどちらから歩いてもOKなんですが。
今回は太陽に向かって歩き続けることになる南下コースにしました。
逆光写真が好きだからというだけです。(^▽^)/
しかしこれが、、、(1日目のロンリーウオーキングでは良かったのですが)
2日目は、
美白が台無しになると白雪姫にブツブツ言われながら歩いたとさ。( ̄Д ̄;)
2011-10-12(Wed)

山の辺の道(北)_その2<高畑町から白毫寺すぎ>

↓1.新薬師寺を目指します。地蔵尊のある四つ辻。「新薬師寺→」の看板あり

↓2.新薬師寺の土塀沿いを歩きます。来た道を振返っています。

↓3.新薬師寺前では開門を待つ人がおられました。私は先が長いのでスルーします。

↓4.次は白毫寺を目指します。

↓5.この日は祭りのようで、軒には提灯が下がっています。

↓6.白毫寺の石段。ハギの花期には遅かったようです。

↓7.白毫寺もスルーしてお寺の脇の南側の道を登って行きます。

↓8.山道となりました。男やからドッテコトないけど女性一人歩きはきびしそう。

↓9.道しるべが、立っていてホットします。

↓10.視界が急に開けて県道80号を横断します。

ほんまこんなペースでアップしてたらひと月かかりそう。
なので、
明日からは端折って行きたいとおもいます。
2011-10-11(Tue)

山の辺の道(北)_その1<近鉄奈良駅から高畑町>

10月9日(日)
近鉄奈良駅の東向商店街でひとり朝マックし8時頃歩きだす。
山の辺の道を天理駅目指します。
普通、山の辺の道と言えば天理ー桜井間ですが、
今回は奈良ー天理間、山の辺の道(北コース)です。

写真は時間順に並べます。

↓1.猿沢池

↓2.春日大社参道からはずれて荒池沿いを歩く

↓3.鷺池の浮見堂が見えてきました。

↓4.自転車女性の後姿を写させていただきました。

↓5.鷺池

↓6.浮見堂

↓7.飛火野を見て右に曲がります。

↓8.高畑さろんとその向こうは志賀直哉邸

↓9.ささやきの小径あたりから鹿が飛び出してきました。(道路上にいます)

↓10.広い道路を渡り新薬師寺方面に進みます。

こんなペースでアップしてたら、天理に到着するまで何日かかるやら、、
先が思いやられますね。
早起きして久しぶりのロンリーウォーキング。20km以上歩きます。
2011-10-10(Mon)

すくえあのーとから


すくえあのーと」から

昨日と同じく予約投稿してます。
プロフィール

kyomiy

Author:kyomiy
テーマは愛

リンク
最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
カテゴリ